【読書日記】 ドーバーばばあ (中島久枝)

54歳から67歳の主婦6人によるドーバー海峡横断泳挑戦の記録。その挑戦に興味をもった記録映画の監督が、撮影のかたわらで著したノンフィクション。

挑戦の2年前から本格的な準備を始めるが、メンバーの怪我や病気、家庭事情などによる各種の障害もあり、当然のことながら順風満帆という訳ではない。結局、当初メンバーからは1名交代し、本番を迎える。

水温10℃台前半という低温、流れの早い潮流、波やうねりなど、ドーバーならではの難しさに立ち向かいつつ、結果としては14時間で無事横断成功。

という内容で、こう書くとあまりにも淡々としているのだが、本書自体がこういったテンション。もっとドラマチックに演出しようと思えばできそうなのだが、あえてそうしていないところが良いところでもあり、物足りないところでもあり。

普通の主婦と言いながら、水泳に対する情熱と時間のかけ方は各人とも半端ではなく、やはり何かを成し遂げるにはそれだけの努力が必要、という当たり前のことを感じて読了。

(新潮文庫)



【読書日記】 天皇さんの涙 (阿川弘之)

1997年から連載されていた文言春秋巻頭随筆の2007年から2010年までのもとをまとめたもの。90歳を前に著者が擱筆を宣言したため、本書が最終巻となる。

これまで通り、戦前、戦中の軍や政治の動きとそれを踏まえた現在の日本の社会政治への意見、日本語や英語のあれこれ、著者自身の豊富な旅の思い出など、様々な話題が、達意の文章で紡がれている。

文章だけを見ていると米寿を越えている、とは思いにくいのだが、その作成までの時間のかかり方であるとか、ご本人から見た時の出来映えであるとかが、擱筆宣言につながったのだろうと思う。

それはそれで尊重しなければならないと思うが、新たな文章が読めないかと思うと非常に残念。また、本書に収められている旧海軍軍人の座談会記録などは、もう少しきちんとした形で残しておいて欲しいという思いもある。

その辺に注目する編集者が出てくると良いが、そもそもあまり読者がいないのだろうか。

(文春文庫)

【読書日記】 歴史に消えた参謀 辰巳栄一 (湯浅博)

産経新聞論説委員による、旧陸軍情報参謀の評伝。陸軍英国駐在武官や欧米課長を勤め、いわゆる「英米派」として三国同盟や対米開戦に反対していた戦前の動きに加え、ロンドン駐在時代に知遇をうけた吉田茂の私的顧問として、警察予備隊の創設やGHQとの交渉に陰で力を発揮した戦後の動き、双方を描く。

陸士、陸大を優秀な成績で卒業し、といういわゆるエリートであるが、ロンドン駐在から得た、英米の国力に対する知見、あるいは「勝つ方につくべき」という外交に求められる現実的な視点を背景に、当時の陸軍主流とは意見を異にする。

衆寡敵せずという形で、結果として日本は対英米戦争に踏み切る訳だが、戦時中は東部軍管区参謀長として、首都防衛の強化、学童疎開など、厳しい戦況を予測した施策をうつ。終戦時には、第三師団長として中国におり、翌年にかけて師団の全員の帰国を実現する。

その英米に対する知見から、戦後は吉田首相から声がかかり、私的顧問という微妙な立場で、GHQとの交渉や、旧軍参謀たちの糾合、さらには警察予備隊の創設に向けて働くが、最終的に前面に出ることはなく、吉田首相の退陣とともに、彼も活動を停止する。

そんな人物の記録がまとまった形で残されていなかったことから、著者は遺族や関係者を回って本書を記す。確かに、こういった人物の存在を改めて知ることにより、戦前、戦後の動きをある種別の観点から見ることができ、有意義な本。ただし、歴史を現在の視点で語る、というやや後だしじゃんけん的な視点や、著者自身の日本のあるべき安全保障の姿への想い、などが出ていて、旧軍の幹部や吉田首相、さらにはGHQの一部に対してかなり厳しい記述がある一方、辰巳氏や陸軍英米派に対してはほぼ無批判という偏りが感じられるのは、新聞連載だったという本書の成立過程からやむを得ないところもあるのかもしれない。

400ページ近い本だったが、その量を感じずに読了。

(文春文庫)

【読書日記】 ヨーロッパ鉄道旅ってクセになる! (吉田友和)

アジアを中心に様々な形での旅をするライターによる、ヨーロッパ鉄道旅。鉄道、も、ヨーロッパ、も著者のイメージにはないが、作家として独立して3年、仕事の幅を広げつつある。

パリを振り出しに、ニース、モナコ、ミラノ、スイス、フランクフルト、アムステルダム、ブリュージュ、ロンドン、ダブリンと回る。ほとんどの都市は1泊で、観光も慌ただしく、一点に絞って動く。

旅の仲間と現地集合で合流したりはするが、基本は一人。いつもだと同行する夫人がいないせいか、妙にセンチメンタルな感情の動きが多く描かれていたりする。

ネットを駆使し、次に滞在する都市の宿を予約したり、列車予約をしたり。あるいは見所を探したりして、二昔前の旅行者に比べると格段に効率的な行動ができている。新たな発見が少ない、という罪はあるかもしれないが、便利は便利。

そんな、今風の面もあるけれど、かつて澤木耕太郎が述べた、「旅行者の臭気」のようなものが感じられるのも事実。つまり、旅行者なのだから、あるいは、貧乏旅行者なのだから、わがままは許される、という考え。その土地土地には生活をしている人がいる、ということを忘れてしまうような行動。

常識人である、とは思うものの、著者にとって慣れない土地であるヨーロッパ、あるいは慣れない乗り物である鉄道、への戸惑いが、幾つかの場面で甘えになっているところが感じられたのも事実。

もう少しゆっくり回れれば、また別の旅行記になったのでは、とも思う。次はそんな、余裕のある旅の記録を読んでみたい。

(幻冬舎文庫)

【読書日記】 ヒューマンエラーを防ぐ知恵 (中田亨)

事務ミスをなめるななど、人間のミスに関する研究と予防策を実践している人物の著作。

ミスや事故が起こると、「ヒューマンエラー」が原因とされることが多いが、そこで止めるのではなく、「なぜヒューマンエラーが起こったのか」を考えないと再発防止にはならない、というのが主張。

各企業の調査において気がつくこととして、明らかに人手不足だとか、仕事量が多すぎるとか、時間設定に余裕がなさ過ぎるとか、ミスを予防することにかけるコストはないのに事故発生後の処置にはふんだんにコストがかけられる、などを挙げており、耳が痛い。とはいえ、著者も自らの主張だけを押し付けるのではなく、現場にはそれぞれの事情があることは理解している。

最も印象的だったのは、「現場には既に解答がある」という考え。著者のような専門家の分析を待つまでもなく、ミス発生に悩む現場は、こうすれば良いはずという対策に気がついているもの。それを引き出し、上層部に理解させ、対策を実施に移すことが役目、と著者は言う。

精神論もある局面では大事だし、プロセス上の問題も重要。双方を理解したうえでバランスをとっていくことが、経営者には求められるということか。

以下、印象に残った文を備忘のために

・事故を分析するには、原因の分類ではなく、原因の結合を考えるべき(複数の原因がどう積み重なっているのか)
・事故の本質は「手遅れ」。気づいたときには後の祭り、という状況が問題
・決定的な状況になる手前で、確認させるようなプロセスが必要
・分析の手法には、「きっかけ」からどのような事象が発生するか、を挙げていく手法(きっかけ演繹法)と、結果としての事故が発生するにはどのようなエラーが原因となり得るかを考える手法(事故原因帰納法)がある。双方の併用が大切
・単にダブルチェック、トリプルチェックをさせても意味はない。「ツッコミ型」のチェックをさせないとミスは減らない

(朝日文庫)

【読書日記】 生物学的文明論 (本川達雄)

「ゾウの時間 ネズミの時間」など一般向けの書物でも知られる生物学者が、「生物学の視点」から現代社会を眺めた論考。

透明度は高いけれど栄養素の少ない珊瑚礁の海で、珊瑚礁のなかに多様な生物が暮らして行けているのはなぜか。生物の形に含まれた意味と、それとは対照的な人工物の形が意味するもの。その他、生物界における様々な事象が説明される。

正直なところ、それらを現代社会の問題に当てはめて行くところは、ピンとこないものが多かったのだが、事象自体は興味深いもの。以下に印象に残ったものを挙げておく

・生物多様性というのは、「量」の問題ではなく、様々な種=質が色々ある、ということ
・生物において、「湿っている=活発」、「乾いている=不活発」。製品の安定性とは逆
・生物は丸、人工物は四角
・生物の時間は体重の四分の一乗に比例する。懐胎期間、成長期間、寿命。
・心臓の拍動は一生で15億回。どの動物でも共通
などなど

専門家が分かりやすく専門分野を解説してくれる本は、どんな分野でも面白い。

(新潮新書)

【読書日記】 何のために働くのか (寺島実郎)

安全保障と経済双方の面から国際的な視野で活動を続ける評論家が、「仕事」に関する考え方を著したもの。就職活動に臨む若者向け、ということではあるが、仕事を始めている層にも有用。

自分自身の将来を自ら切り開いてきた方だけに、その論調は自信に満ちたもの。印象に残ったフレーズを以下に記す

・「自分らしい仕事」や「天職」は探して見つけるものではない。与えられたテーマに自分の身を投じ、はを食いしばって対峙するうちに、自分というものが見えてくる
・人が魅力を感ずるのは、「素心」。「やる気」と言っても良い。「不器用でどんくさいヤツだが、こいつは逃げないな」と相手に感じさせるもの
・内村鑑三の「後世への最大遺物」で感銘をうけたのは、「あの人はあの人なりの人生を立派にまっとうに生きた」ということこそが、人がこの世に遺せる最高のもの、という発想

現代の世界情勢に関する論考もあるが、これはいつもの寺島節。上記のような、「仕事」への考え方が本書で学ぶべきこと。

自分自身に当てはめると、この歳になっても反省させられるのが情けない。

(文春新書)